真実

ソ連人にとって、“真実”は自分の目で見るものではなく、自分が信じている理論の中にあるわけです。
アメリカ人の中に理論を信じている人もいないわけではありませんが、おおむね、理論化や一般化するよりも、個々の“事実,,の方を重んじるのです。
中国の伝統世界はこのどちらでもありません。
事実の積み重ねや理論から真実は生まれず、沈思黙考から真の理解が生まれると考えます。
禅の世界では、真実は言葉では言い表すことのできないものなのです。
禅の老師は弟子たちに核心部分については何も語りませんから、これはアメリカ的な考え方とはまったく別の世界といえましょう。

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